遺り言

あなたに、遺りごとを綴ります。

立ち上がれなくていい

新聞には、結構な頻度で

悲しみを乗り越えようとしている方の記事が掲載される。

 

父と近い年齢で、同じような形で、

最愛のパートナーを失った人を見つけると

つい 最後まで読み進めてしまう。

まぁ、なかなか私達のような不思議な別れを経験した人はいないようだけれど。。

 

今日のはコレ。

 

「立ち上がれなくてもいいではないですか、

悲しめるだけ悲しんでやって...」

 

 

大抵の人は、

早く立ち上がらなくちゃ、〇〇が成仏できないよ、

と声を掛けると思う。

私も、そういう風に思えるようになるんだと思ってた。

でも実際は違って、そこを無理することが

最大の負担になるんだと。

例えば期待を背負うスターや、自分の分身を持つ母ならば、

必要とされることで生きなくちゃ!と

鞭を打つことが逆に力になるんだと思うけどね。

 

 

いつか、また歩こうと思えたらラッキーだし、

そう思えずに終わっても別にいいと思う。

 

人生をちゃんと送ろうとか、

1幕の時のような 無意識に近いごく自然な目標が

今はないから。

 

できれば早くここを卒業したいし、

卒業することは全くこわくない。

背骨失って勉強し続けるほうが恐ろしいもの。

 

来年に大きなイベント?が 待ってるようだけど、

あぁ、それ、生きてないと見れへんのかぁ、

実はそうじゃないほうが自由自在に見れるんじゃない?とか。笑

来年も生きてるのかと思うとゾッとする。